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炭鉱の町 美唄と安田侃の彫刻
GWに北海道に行ってきました。昨年亡くなった祖母が生前、一番楽しかった時期が子供の頃に過ごした美唄で、お父さんの植えたコスモスの花が野原に咲いてきれいだったと言っていたので、美唄に行ってみました。

北海道に行って驚くのは、人がいないこと。札幌でも東京とは比べ物にならないくらい人がいない。確かに地下には多少いるが、地上にいる人は少ない。

美唄は札幌から特急で30分くらい。ここは本当に人がいない…。
駅に降り立って、5階以上の建物は1件くらい。

祖母の言っていたコスモス畑がどこにあるのか、全く検討も付かないまま美唄の駅に降り立ち、とりあえず、駅前の地図を見る。
炭鉱マークを見つけるとそこには「我路町」とある。母が「そう、我路町と言っていた」というので、駅前のおまわりさんに尋ねてみると「すっごく遠いよ」となんでそんなとこに行くの?という雰囲気。

バスが出ていることを聞き出し、バスに乗ると、運転手が「帰りはどうすんの?」と聞いてくる。「予約した?」と聞かれ思わず「???」予約しないと帰りのバスがないそうです。

確かに「我路町」のバス停で降りると、そこには何もない…。
予約した帰りのバスまで2時間くらいあるけど、どこで暇をつぶせばいいのか…

とりあえず、歩いていくと、碑が立っていて、さらにもう少し行くと三菱記念館というのがあり、昔の炭鉱時代の写真などが飾ってありました。
美唄の炭鉱は大正時代から始まり昭和48年に閉山したそうです。ピーク時は9万2000人の人がここで暮らしていたそうです。

今も露天掘りは行われているそうで、所々石炭が積まれていました。

そこにおじさん3人が入ってきて「どこから来た?」と話しかけてくれたので、色々話を聞く事が出来ました。何と、この記念館は今月オープンしたとか。

祖母が4番町に住んでいたことを母が思い出し、4番町はどこですか?と聞くと、ここだよとおじさんが教えてくれたのはこの三菱記念館の前でした。
今はスキー場になっていますが、かつてはここに住宅が密集していたんですね…。祖母の言っていたコスモスもかつてはここに植わっていただんだな〜と思いました。

記念館に訪れた人の記録を見てみると、ほとんどがかつてここに住んでた人か、その身内の人でした。炭鉱時代にいい思い出を持っている人が沢山いるようです。

以前、ここに9万人の人がいたとはとても思えませんね。
まるで消えた古代都市のようです。

その後は近くの「アルテピアッツァびばい」に行きました。
六本木の東京ミッドタウンの地上と地下(駅の行く途中)にある彫刻を作った人、安田侃さんは美唄の出身で、安田さんの彫刻が沢山展示されています。安田さんは今も年に一度は美唄に戻ってくるそうです。

緑の山の中にある、木造の小学校を改造して彫刻が展示されています。
とてもいい雰囲気で、素敵な場所でした。

森の中でキツツキが木を叩く音が響いていました。

帰りに美唄駅に行くと、来た時は気付かなかかったけど、安田侃さんの彫刻がありました。(札幌駅にもありました。)美唄にあった、炭鉱の記念碑を作ったのも安田侃です。

思いの他、美唄はいい所でした。








| アート | 19:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
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